DISTILLERY

ブルックラディ蒸溜所

Bruichladdich Distillery

基本情報

所在地スコットランド・アイラ島、インダール湾の岸(PA49 7UN)[1][2]
所有レミー コアントロー(2012年取得)[3][4]
創業1881年(ハーヴェイ家の3兄弟)[5][4][6]
蒸溜器初溜釜2基、再溜釜2基、ジン用のローモンド型1基(通称アグリー・ベティ)[7][1]
年間生産能力150万リットル[7][5]
割り水ジェームズ・ブラウンの泉(オクトモア農場)[7][8]
見学受け入れあり(4つのプログラム、2026年9月時点)[2]

目次

  1. 1881年、ハーヴェイ家の3兄弟が建てた蒸溜所
  2. 7年止まっていた蒸溜所が、2001年に動き出す
  3. ジン専用の1基、アグリー・ベティ
  4. 2012年、レミー コアントローの傘下へ
  5. 見学
  6. 年表

1881年、ハーヴェイ家の3兄弟が建てた蒸溜所

ブルックラディ蒸溜所は、アイラ島の西側、インダール湾の岸辺に建っています。つくるのは3種類のシングルモルトウイスキー。ピートを焚かない「ブルックラディ」、ピートの香りを強く効かせた「ポートシャーロット」、さらに強い「オクトモア」があります。ジンのザ・ボタニストも、ここで蒸溜しています。[1][7][9][10][11]

建てたのはハーヴェイ家のウィリアム、ロバート、ジョンの3兄弟。1881年のことです。レミー コアントローは兄弟を、グラスゴーのウイスキー一族に連なる、意欲あふれる若者たちと紹介し、完成した当時は革新的な蒸溜所だったと書いています。ブランドの説明では、島で最も早い時期に、はじめから蒸溜所として設計して建てたもののひとつでした。[5][4][6]

所有者は何度も替わりました。scotchwhisky.comによると、ハーヴェイ家の会社が1937年まで持ち、ジョセフ・ホッブス、ナショナル・ディスティラーズ・オブ・アメリカ、DCL(ディスティラーズ・カンパニー)などの手を経ます。1968年から1993年まではインヴァーゴードン・ディスティラーズ、1993年からはホワイト&マッカイの持ち物でした。[5]

7年止まっていた蒸溜所が、2001年に動き出す

1994年、蒸溜所は操業を止めました。買い手が現れたのは2000年12月。マーク・レイニエと個人投資家のグループが半ば荒れ果てた蒸溜所を買い取り、その中には、ブルックラディのCEOとして紹介されるサイモン・コフリンもいました。[4][3]

再開は2001年。7年ぶりの蒸溜でした。大麦はすべてスコットランド産に。新しい持ち主が、この年に決めたことです。2004年にはケントロー農場のレイモンド・スチュワートがブルックラディのために大麦を播き、そこから、島の農家との取り引きが少しずつ広がっていきました。2026年9月時点で、大麦を納める島の農家は19軒です。[9][10]

再開の準備では、部品集めも欠かせませんでした。ブランドによると、修理の部品を探していたチームが、スクラップとして売りに出された本土の小さなモルトウイスキーの蒸溜所で、放置されたローモンド型の蒸溜器を見つけます。ザ・ボタニストの蒸溜器は、ここから来ました。[6][4]

建物はヴィクトリア朝時代のもので、蒸溜所の見学ツアーも、その「ヴィクトリア朝の蒸溜所」を歩いて回る内容として案内されています。[2]

ジン専用の1基、アグリー・ベティ

Difford's Guideによると、蒸溜器は5基。初溜釜が2基、背が高く細身の再溜釜が2基、それにジン用のローモンド型が1基です。年間の生産能力は150万リットル。瓶詰めも、蒸溜所の中の設備で行っています。[7][5][8]

ローモンド型は、単式蒸溜器の上に穴のあいた板を重ねた筒を載せて、蒸気が液に戻る量を調整できるようにした蒸溜器で、scotchwhisky.comによると1955年に設計されました。翌年、ダンバートンのインヴァーリーヴン蒸溜所に据え付けられ(Difford's GuideとThe Gin Guildは1959年とします)、そこでの生産は1985年に止まっています。[12]

レミー コアントローの説明では、この蒸溜器はインヴァーリーヴンで見つかり、ブルックラディに運ばれて、構想から本格的な蒸溜まで5年近くをかけてジン用に改造されました。最初の蒸溜は2010年。担ったのは、ブルックラディが元マスターディスティラーとして紹介するジム・マキューアンと、アダム・ハネット、アラン・ローガンの3人でした。[4][11]

呼び名は「アグリー・ベティ」。Difford's Guideによると、マキューアンは銅管80本を蜂の巣状に並べた部分と冷水で冷やす部分を蒸溜器に付け足しました。蒸溜器から冷却器へ蒸気を送る管(ラインアーム)の途中には、葉や花びらを袋に入れて置く小部屋も設けています。割り水は、近くのジェームズ・ブラウンの泉から。[7][8][1]

2012年、レミー コアントローの傘下へ

2012年7月、レミー コアントローがブルックラディ蒸溜所の買収を発表しました。金額は5,800万ポンド。内訳は、株式の取得が4,800万ポンド、引き継ぐ負債が1,000万ポンドです。手続きは同年9月3日に完了しました。The Moodie Davitt Reportは、同社がこの買収で初めてプレミアム・シングルモルトのスコッチウイスキーの市場に参入したと伝えています。[13][3]

日本での取り扱いは2013年4月から。レミー コアントロー ジャパンが、ウイスキーのブルックラディとジンのザ・ボタニストを販売しています。[14]

2020年には「Bコープ」の認証も。ザ・ボタニストのサイトは、事業を社会のために役立てる姿勢が認められたと説明し、ブルックラディはスコッチウイスキーの会社として世界で初めての取得だとしています。2026年9月時点のザ・ボタニストのサイトによると、敷地で使うエネルギーはすべて再生可能な電源から得ています。従業員のほぼ半分は女性で、アイラ島で最も多くの人を雇う民間の事業者でもあります。[10][15]

見学

蒸溜所は見学を受け付けています。2026年9月時点の案内では、ガイド付きの蒸溜所ツアーや貯蔵庫でのテイスティングなど4つのプログラムがあり、そのひとつがザ・ボタニストを使ったカクテルづくりの教室です。ビジターセンターはアイラ島の蒸溜所にだけあり、グラスゴーにはありません。[2]

年表

1881年ハーヴェイ家の3兄弟が蒸溜所を建設[5][4]
1956年ハイラム・ウォーカーがダンバートンのインヴァーリーヴン蒸溜所にローモンド型の蒸溜器を設置(Difford's GuideとThe Gin Guildは1959年とする)[12][8][1]
1994年操業を停止[4]
2000年12月マーク・レイニエと個人投資家のグループが取得[3][4]
2001年7年ぶりに蒸溜を再開。大麦をすべてスコットランド産に[9][6]
2010年ローモンド型の蒸溜器でザ・ボタニストを初めて蒸溜[4]
2011年ザ・ボタニスト発売[16]
2012年レミー コアントローが買収(7月発表、9月3日完了)[13][3]
2013年4月レミー コアントロー ジャパンが日本でブルックラディとザ・ボタニストの販売を開始[14]
2020年Bコープ認証を取得[10][15]

ブルックラディ蒸溜所の銘柄

参考資料

  1. The Gin Guild(Ginopedia: Bruichladdich Distillery)
  2. Bruichladdich Distillery(公式サイト Tours)
  3. The Moodie Davitt Report(2012年 買収完了)
  4. Rémy Cointreau(所有会社・ブランドページ)
  5. scotchwhisky.com(Whiskypedia: Bruichladdich)
  6. The Botanist(公式サイト Islay)
  7. Difford's Guide(Bruichladdich Distillery)
  8. Difford's Guide(The Botanist Islay Dry Gin)
  9. Bruichladdich Distillery(公式サイト Barley)
  10. Bruichladdich Distillery(公式サイト)
  11. Bruichladdich Distillery(公式ストア The Botanist Islay Dry Gin)
  12. scotchwhisky.com(Whiskypedia: Lomond)
  13. Shanken News Daily(2012年7月23日)
  14. Rémy Cointreau(レミー コアントロー ジャパン 会社概要)
  15. The Botanist(公式サイト Sustainability)
  16. レミー コアントロー ジャパン(PR TIMES 2017年10月16日 200mlボトル発売)

最終更新:2026-09-29 内容の誤りを知らせる