DISTILLERY

ラバーストーク・ミル蒸溜所

Laverstoke Mill

基本情報

所在地イングランド・ハンプシャー、ホワイトチャーチ近郊のラバーストーク(London Road, RG28 7NR)[1][2]
運営バカルディ[2][3]
蒸溜開始2013年秋[4]
正式開業2014年9月17日(一般公開は同年10月1日)[4][5][6]
設計ヘザウィック・スタジオ(トーマス・ヘザウィック)[7][5]
蒸溜器4基(1万2,000リットルのポットスチル2基、3,000リットルのカーターヘッド式2基)[2][8]
年間生産能力240万ケース(さらに100万ケース分の余力)[2]
ガラスハウス2棟(高さ14メートル、熱帯と地中海の気候)[9][7]
環境性能建築の環境認証BREEAMで「Outstanding」(86.81%)[10][7]
見学事前予約制のツアー(約1時間30分)[11][1]

目次

  1. 200年以上、紙幣の紙をつくった工場
  2. ウォリントンからハンプシャーへ
  3. 40棟の廃墟から、23棟を残して蒸溜所に
  4. 4基の蒸溜器と21のかご
  5. 蒸溜の熱で温める、2棟のガラスハウス
  6. 環境への取り組み
  7. 見学
  8. 年表

200年以上、紙幣の紙をつくった工場

ラバーストーク・ミルは、蒸溜所になる前、200年以上にわたってイングランドの紙幣用の紙をつくっていました。記録は古く、1086年のドゥームズデイ・ブック(イングランドの土地台帳)に粉ひき水車として出てきます。1719年からはポータル家が持ち主となり、その所有は1950年代まで続きます。ヴィクトリア女王の時代には、インドなど英国が新たに得た地域の紙幣もつくるようになりました。[6][9]

Difford's Guideによると、ポータル家はフランスから渡ったユグノーの印刷業者の家系です。1950年代までに、ここから100を超える国の政府や発券銀行へ紙幣が納められていました。英国統治時代のインドの紙幣をつくった建物は「インディア・ハウス」と呼ばれ、英国の指定建造物(グレードII)として残されています。[9][1]

ウォリントンからハンプシャーへ

ボンベイ・サファイアは、長く英国ウォリントンでつくられていました。1760年、24歳のトーマス・デイキンがブリッジ・ストリートに蒸溜所を建て、不作のため翌1761年に「ウォリントン・ドライジン」の蒸溜を始めます。1831年には義理の娘メアリー・デイキンが、蒸気で外側から温める新型の蒸溜器を買い入れ、1836年には銅細工師カーターがつくった改良型のヘッドを持つ2基目が加わりました。これがのちに「カーターヘッド式」と呼ばれる蒸溜器です。創業者の孫ウィリアム・デイキンの死後、事業はエドワード・グリーノールに引き継がれました。[4]

1957年、ニューヨークの弁護士アラン・スビンが、米国向けの新しいジンを思い立ちます。製造を任されたのはグリーノール社でした。1960年に発売した「ボンベイ・ドライジン」は3年目に年1万ケース、1970年ごろには年10万ケースを売りました。1987年にはその上位版としてボンベイ・サファイアが生まれ、ブランドはI.D.V.(のちのディアジオ)を経て、1998年にバカルディの手に渡りました。[4][12]

2005年11月には、ウォリントンの工場が火事に遭います。蒸溜棟とカーターヘッド式の蒸溜器は無事でした。1週間後には蒸溜を再開しています。そして2012年、バカルディはハンプシャーの荒れ果てた工場跡、ラバーストーク・ミルを手に入れました。[4][9]

40棟の廃墟から、23棟を残して蒸溜所に

改修の設計は、ロンドン五輪の聖火台で知られるトーマス・ヘザウィックのスタジオが担いました。2世紀のあいだに40棟を超えるまで増えた建物のうち、新しい20棟を取り壊し、歴史のある23棟を修復しています。テスト川は、イングランドでも指折りのチョークストリーム(白亜の地層からわき出た澄んだ川)とされる川で、コンクリートの水路に押し込められていたのを広げ、敷地の真ん中に見えるようにしました。[7][9]

工事は2012年に始まり、ウォリントンのカーターヘッド式蒸溜器2基が修復されて運び込まれました。2013年秋に、ビーフィーターの蒸溜所長だったニック・フォーダムのもとで蒸溜を始め、2014年9月17日に正式に開業しています。一般公開は同年10月1日です。2017年9月には、ロンドンのバーモンジー蒸溜所で4年にわたって蒸溜の責任者を務めたアン・ブロックが、マスター・ディスティラーに就きました。オックスフォード大学で有機化学の博士号を取った人物です。[4][6][13][14]

4基の蒸溜器と21のかご

蒸溜器は4基です。公式サイトによると、1830年代のカーターヘッド式「トム」と「メアリー」は今も使われています。Difford's Guideによると容量は3,000リットルで、ポットスチルのような釜の上に、泡鐘(あわがね)2段の部屋がのった形です。そこに、グリーン・エンジニアリング製で高さ30フィート(約9メートル)のポットスチル「ヘンリー」と「ヴィクトリア」が加わりました。こちらの容量は1万2,000リットルで、上部に水冷式の還流装置があります。[8][2]

原料のアルコールは度数96.3%のフランス産小麦のニュートラルスピリッツで、3万リットルのタンクローリーで届き、敷地のタンクには1週間分以上が蓄えられています。蒸溜器に入れる前に68℃まで温めておき、この予熱には冷却水から回収した熱を使っています。[2][10]

ボタニカルは21個の穴あき銅かごに手で詰めます。順番も決まっています。粒や皮のものが先、オリスルート、カシア、アーモンド、リコリスのような粉にしたものが後です。立ちのぼる蒸気がかごを通り抜けながら香りを受け取り、1回の蒸溜はおよそ10時間かかります。蒸溜所は24時間動いていて、重たい成分が出はじめたのを担当者が感じ取ると、およそ75℃の時点で、真鍮とガラスのスピリット・セーフ(蒸溜液を見ながら切り替える箱)で手作業で切り替えます。[2]

4基から出るスピリッツは平均86%。品質検査を経てブレンドされたあと、タンクローリーでウォリントンへ運ばれ、G&J Distillersが瓶に詰めると、Difford's Guideは伝えています。年間の生産能力は240万ケースで、さらに100万ケース分の余力があります。[2]

蒸溜の熱で温める、2棟のガラスハウス

ガラスハウスは2棟あり、どちらも曲線を描くガラスの建物です。高さは14メートル。気候は2種類です。熱帯の棟ではカシア、クベバ、コリアンダー、リコリス、グレインズ・オブ・パラダイスを育て、地中海の棟にはジュニパー、レモン、アーモンド、アイリス、アンジェリカが植えられています。植栽はキュー王立植物園の専門家が手がけました。[9][7][5]

温室を暖めているのは、蒸溜で出る余った熱です。蒸溜棟の温かい空気を太い配管で送り込み、配管を囲む金属の帯は、熱を伝える役とガラスハウスの骨組みの役を兼ねています。本来なら捨てていた熱を「無料のエネルギー」として使う設計だと、ヘザウィック・スタジオは説明しています。[5][7]

環境への取り組み

ラバーストーク・ミルは、建築の環境認証BREEAMで「Outstanding」(86.81%)を得ました。蒸溜所としても、改修の案件としても、初めての「Outstanding」だったとヘザウィック・スタジオは伝えています。燃料には、木材チップと蒸溜後のボタニカルを燃やすバイオマスボイラーを使います。雨水も使います。屋根に降った分はトイレの洗浄に回しています。[10][7]

原料の調達にも目を向けています。2021年3月の発表時点で、10種のボタニカルのうち8種が持続可能な調達の認証を受けていました。残る中国産リコリスとガーナ産グレインズ・オブ・パラダイスについても認証の取得を進め、2023年5月の発表では、ボタニカルの100%持続可能な調達を達成したとしています。[10][15][16]

見学

見学ツアーは公式サイトから事前に予約します。所要時間は約1時間30分です。タービン・バーで無料のジントニックを自分でつくってから、ガラスハウスで10種類のボタニカルを眺め、ボタニカル・ルームで香りをかぎ比べ、ヴェイパー・インフュージョンの仕組みを学びます。敷地にはテスト川を望むミル・バーやカフェ、ショップもあります。開館日は、2026年9月時点で金・土・日曜と祝日、学校が休みに入る時期の一部の平日です。[11][1]

年表

1086年ドゥームズデイ・ブックに、ラバーストークの粉ひき水車が記される[6][9]
1719年ポータル家が工場を持ち、以後1950年代まで約230年にわたって所有する[6]
1761年トーマス・デイキンが英国ウォリントンで「ウォリントン・ドライジン」の蒸溜を始める(蒸溜所の建設は1760年)[4]
1831年デイキン家のメアリー・デイキンが、蒸気ジャケット式の新しい蒸溜器を導入[4]
1836年銅細工師カーターがつくった改良型ヘッドの蒸溜器を導入(カーターヘッド式)[4]
1960年米国の弁護士アラン・スビンが「ボンベイ・ドライジン」を発売。製造はグリーノール社[4]
1987年ボンベイ・サファイアを発売。グレインズ・オブ・パラダイスとクベバを加えた[4][3]
1998年ボンベイがデュワーズとともにディアジオからバカルディへ移る[12]
2005年11月ウォリントンのグリーノール社の工場で火災。蒸溜棟とカーターヘッド式蒸溜器は無事で、1週間後に蒸溜を再開[4]
2010年ヘザウィック・スタジオが設計者に選ばれる[7]
2012年バカルディがラバーストーク・ミルを取得し、改修工事を始める[9][4]
2013年秋ラバーストーク・ミルで蒸溜を開始[4]
2014年9月17日正式に開業(一般公開は10月1日)[4][5][6]
2017年9月アン・ブロックがマスター・ディスティラーに就任[13]
2021年3月10種すべてのボタニカルについてEcocertの持続可能性認証の取得を進めていると発表(8種は取得済み)[15]
2023年5月ボタニカルの責任者がイヴァーノ・トヌッティからアレッサンドロ・ガルネリに交代[16]

ラバーストーク・ミル蒸溜所の銘柄

参考資料

  1. Bombay Sapphire Distillery 公式(アクセス・施設)
  2. Difford's Guide(Bombay 製法)
  3. Bacardi Limited 公式(ブランド紹介)
  4. Difford's Guide(Bombay 歴史)
  5. Dezeen(2014年9月22日)
  6. Bacardi Limited 公式(2014年 蒸溜所開業の発表)
  7. Heatherwick Studio(設計事務所)
  8. Bombay Sapphire 公式
  9. Difford's Guide(Bombay 見学・ガラスハウス)
  10. Difford's Guide(Bombay 環境)
  11. Bombay Sapphire Distillery 公式(見学ツアー)
  12. The Spirits Business(2015年9月 ブランドの歴史)
  13. The Spirits Business(2017年9月 マスター・ディスティラー就任)
  14. The Gin Guild(アン・ブロック紹介)
  15. Bacardi Limited 公式(2021年3月30日 ボタニカル認証の発表)
  16. Bacardi Limited 公式(2023年5月9日 マスター・オブ・ボタニカルズ交代の発表)

最終更新:2026-09-29 内容の誤りを知らせる