ブラック・フォレスト・ディスティラーズ
Black Forest Distillers GmbH
基本情報
| 所在地 | ドイツ・シュヴァルツヴァルト、ロスブルク[1][2] |
|---|---|
| 運営会社 | Black Forest Distillers GmbH[3] |
| 創業 | 2008年(輸入元の説明)。創業者はアレクサンダー・シュタイン[4][3] |
| レシピの共同開発 | 蒸溜家クリストフ・ケラー(シュテーレミューレ)[5][6] |
| ペルノ・リカールとの関係 | 2016年1月、ブランドの過半数株式の取得で合意[3] |
| 蒸溜器 | 「Apparatus Alembicus Maximus」(100リットルの小型蒸溜器4基)[7] |
| 熟成 | 1,000リットルの陶器の容器で100日[7][8] |
| 見学 | 公式サイトで予約制の見学ツアー(ガイドと試飲つき)を案内[9][10] |
目次
森の外で生まれ、森に帰ってきた蒸溜所
モンキー47をつくるBlack Forest Distillers GmbHは、ドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)の町ロスブルクにある蒸溜所です。ただ、ジンが最初に蒸溜されたのはここではありません。地元紙シュヴァルツヴェルダー・ボーテによると、はじめはボーデン湖に近い「シュテーレミューレ」で蒸溜し、黒い森のベッツヴァイラーでは瓶詰めだけをしていました。[3][11][1]
シュテーレミューレは、蒸溜家クリストフ・ケラーが2004年に引き継いだ、黒い森とボーデン湖のあいだの古い製粉所の農場です。19世紀半ばに農家としての蒸溜免許を得た土地です。公式ブログによると、2008年にはレストランガイドのゴ・エ・ミヨが、この蒸溜所を選ばれた蒸溜所の輪に加えています。[5]
同じ記事は、隣の地区24-Höfeに新しい蒸溜所ができ、10月から蒸溜も黒い森へ移ったと伝えています。記事はペルノ・リカールとの合意を報じたもので、試飲ができる展示スペースも計画中とされていました。[11]
二人のつくり手
ブランドを立ち上げたのはアレクサンダー・シュタインです。2006年の秋、ノキアのゼネラルマネージャーとして米国デトロイトに住んでいたときに、ドイツの旧友から英国の士官モンゴメリー・コリンズの生涯を聞かされたのが始まりでした。シュタインの祖父はグロースヘッパッハで蒸溜所「Privatweinbrennerei Jacobi」を営み、父の代にその事業を大きく育てています。[5]
2008年の終わりにシュタインはノキアを辞め、故郷のバーデン=ヴュルテンベルクに戻り、Black Forest Distillers GmbHを設立しました。2016年の時点では同社のCEOです。[12][3]
レシピを一緒に仕上げたのがケラーでした。2008年11月の電話をきっかけに、2009年1月、シュタイン父子がシュテーレミューレを訪ねます。そこから120回を超える試験蒸溜を重ね、7種類の試作品を名の知れたバーテンダーたちに試してもらって配合を決めました。輸入元の2017年の発表も、ケラーとの協力で最終的なレシピができたと説明しています。[5][12][6]
最初の仕込みは2010年2月です。約100キロのボタニカルを家庭用の製粉機で挽こうとして明け方4時ごろに諦め、パン屋の製粉機を借りると1時間かからずに終わった、とシュタインは公式ブログに書いています。ペルノ・リカールは、ブランドの発売を2010年としています。[5][13]
森が育てる47種類
「47」はボタニカルの数。約3分の1はシュヴァルツヴァルトの素材で、トウヒの新芽、リンゴンベリー、エルダーフラワー、スロー、ブラックベリーの葉などが入ります。地元紙によると、ジュニパーベリーはクロアチアとトスカーナから取り寄せていました。[3][12][11]
柑橘の皮はむきたてでなければなりません。公式サイトによれば、そのために地元の人たちが毎朝7時に作業に来ます。[8]
30日、36時間、100日
最初に、フランス産の糖蜜からつくったアルコールを黒い森の湧き水で度数70.0%に割り、挽いた生のリンゴンベリーを30日間漬けます。ビターオレンジ、レモン、ポメロの皮も同じように漬け、そこへ43種のボタニカルを加えて約20℃で36時間浸します。[7][5]
蒸溜は100リットルの小型蒸溜器4基を組み合わせた「Apparatus Alembicus Maximus」で、1回1時間半。蒸気だけを通して香りを移す鋼のかご「ガイストコルブ」には、ラベンダー、グレープフルーツ、レモンの皮を入れます。[7]
公式サイトはこの工程を、浸漬と蒸溜にパーコレーションと酸化を組み合わせたものだと説明しています。なかでもブランドが「秘密兵器」と呼ぶのが、最初に30日漬けるリンゴンベリーです。[8]
蒸溜したジンは1,000リットルの陶器の容器で100日間寝かせ、それから蒸溜所から10キロほど離れたボトリング施設で瓶に詰めます。[7][8]
ボトルもラベルも、手探りでつくった
発売前の準備は中身だけではありませんでした。ボトルの原型は、シュタインが息子とシュトゥットガルトののみの市で見つけた7ユーロの古い薬瓶です。紫外線を通しにくい茶色のガラスが決め手でした。コルクを囲むステンレスのリングは、管を1960年代の機械で輪切りにしてつくっています。[5]
ラベルはデザイン事務所Discodoenerのピット・レーデルレ(Pit Lederle)と8か月かけて詰め、2010年の春に完成しました。印刷を担うVollherbst社によると、古い切手を模した図柄に、リンゴンベリーの小枝を持つ猿と、左にヤシ、右にモミが描かれています。同社はこれを「これ以上ないほど違う二つの土地」と紹介しています。[5][14]
ブランドが語る物語
ペルノ・リカールのもとで
2016年1月27日、ペルノ・リカールはモンキー47の過半数の株式を取得することで合意しました。発表の時点で、モンキー47は4大陸50か国以上で売られていました。2013年の販売は年間15万本だったと地元紙は伝えています。[3][11][13]
その後も限定品が続きます。2019年に日本で出た「BARREL CUT」は、プファルツ地方でつくられた110リットルのクワの新樽で180日熟成させたジンです。熟成に使うのは、1840年に穀物の貯蔵用に建てられた蔵。年に一度だけつくる「ディスティラーズカット」もあります。いつもの47種にボタニカルを1種類足した限定品で、2022年版は黒い森に自生するハーブのウッドラフを、2025年版は南仏カマルグの海塩の結晶を加えました。[4][16][8]
見学
公式サイトは、ガイドと試飲つきの無料の見学ツアーを予約制で案内しています。日程は限られます。黒い森の観光局も、予約制で見学できる蒸溜所として紹介しています。[9][2]
年表
| 2004年 | クリストフ・ケラーが、黒い森とボーデン湖のあいだの農場シュテーレミューレを引き継ぐ[5] |
|---|---|
| 2006年秋 | デトロイトにいたアレクサンダー・シュタインが、旧友からモンゴメリー・コリンズの話を聞く[5] |
| 2008年末 | シュタインがノキアを辞め、故郷のバーデン=ヴュルテンベルクに戻る[12][5] |
| 2008年11月 | シュタインとケラーを結ぶ電話が入る[5] |
| 2009年1月 | シュタイン父子がシュテーレミューレを訪問[5] |
| 2010年2月 | 最初の仕込み。同年に発売[5][13] |
| 2010年春 | 8か月かけたラベルのデザインが完成[5] |
| 2013年 | 販売が年間15万本に(地元紙の報道)[11] |
| 2016年1月 | ペルノ・リカールが、モンキー47ブランドの過半数株式の取得で合意[3] |
| 2017年2月 | ペルノ・リカール・ジャパンが日本で発売[6] |
ブラック・フォレスト・ディスティラーズの銘柄
参考資料
- Difford's Guide(Black Forest Distillers)
- Schwarzwald Tourismus(黒い森の観光局)
- Pernod Ricard(2016年1月27日)
- ペルノ・リカール・ジャパン(輸入元)プレスリリース(BARREL CUT発表内の説明)
- Monkey 47 公式ブログ(Going Bankrupt in Style/アレクサンダー・シュタイン、クリストフ・ケラー)
- BAR TIMES(ペルノ・リカール・ジャパンの2017年発売リリースの転載)
- Difford's Guide(Monkey 47 製法)
- Monkey 47 公式(米国)
- Monkey 47 公式(Distillery Tours)
- Monkey 47 公式(米国)トップ
- Schwarzwälder Bote(地元紙、ロスブルク版)
- Difford's Guide(Monkey 47 起源)
- Pernod Ricard(ブランドページ Monkey 47)
- Vollherbst(ラベル印刷会社の事例紹介)
- Monkey 47 公式(米国)
- ペルノ・リカール・ジャパン(輸入元)プレスリリース(ディスティラーズカット2022、2024年3月27日)
最終更新:2026-09-28 内容の誤りを知らせる